2015年9月30日水曜日

1分小説【お題:魚】ある救い

ガチャピンチャレンジ短編小説300作つくってみようということで、
 10こめ/300作 です。

(1512字。1分ちょっとで読めます)



お題:魚
Title:ある救い


 濁流。濁流。同じところをぐるぐると回り続ける。
「ハリー、あたしたち、いったいいつまでこんなところを進み続ければいいの」
濡れた赤毛を頬にはりつけさせたままのジョアンナが、咳を切ったように口をひらいた。

 気づけばぼくは、箱の中に閉じ込められていた。どうやってここに連れ去られてきたのかはわからない。どうやらここに来る前の記憶を消されているらしい。

「ジョアンナ、もうすこしがんばれ。ここで止まったら溺れ死んでしまうよ」彼女と同じような不安をかかえながらも、ぼくはジョアンナをはげました。

 箱の中にはひたひたの水が張り巡らされ、常に循環していた。清潔ではあるようだけれど、水質も流れも天然のものではないことがわかる。なにか薬品の匂いがする。

 箱のなかにはぼくとジョアンナの他、複数のひとたちがいた。だいたいはぼくらと同じ、10代後半とみられる男女だった。白人、黒人、カラード、とにかくいろんな人種。心なしか、赤毛が多い印象だった。彼ら彼女らはぼくら同様に、なにがおこったのかわからない、という顔のまま、集団をなしてばしゃばしゃと濁流のなかを進んでいた。この事態がよくわかっていないのに進む理由は、ぼくらの前を進む「アグリー」がそう命じたからだ。

「ハリー、ジョアンナ。死にたくなきゃ泳ぐのよ。それから、あんたたち2人はできるだけ隊の真ん中に行きな。赤毛とガタイのいいブラックは目立つからね」
 
 アグリーはぼくらの会話がきこえたらしいが、振り返ることなくまっすぐ前を向いたままそう言った。ここにいるのは10代後半がだいたいと言ったが、例外もいる。ぼくらよりやや年上、20代を過ぎたころと見られる人達も数人この箱の中にいた。そのなかの一人、アグリーを先頭に、濁流の中を突き進んでいた。
アグリーは名前のとおり、顔に大きな傷を持った女性だった。他の年上のやつらも地味な服を着たり、なにかにおびえるように猫背で流れの中を進んでいたりした。彼らはどうやらこのコミュニティの古参で、箱の中の秘密を知っているようだ。

「アグリー、いいかげん教えてちょうだい。いったいこの世界はなんなの、どうしてあたしたちは進まなきゃならないの!」

 ジョアンナは、アグリーの背中に向かって叫んだ。どうやら疲れがピークに達しているようだった。美しい顔を涙に濡らしているのを見て、ぼくも我慢していたものがはちきれた。ぼくは先頭のアグリーのもとに駆け寄って、肩をつかんでいった。

「そうだよ、アグリー。他のみんなも。理由もなく進むなんて、もう
気が狂いそうだ。なにか知ってるんなら教えてくれないか」

 そのときだった。とつぜんうしろから大きな津波が押し寄せた。

「うわあああああ!」
「助けてええ!」

 ぼくが悲鳴に驚いて、押し寄せる濁流のむこうを見ると、そこには巨大な白い円盤がささっていた。隊の後部の若い仲間たちが濁流に飲まれ、もがき、必死に逃げようとしていた。ぼくはあまりの光景に目玉をむき、口をぱくぱくとさせた。なんだ、いったいなにが起きているんだ。
円盤は何かを探すようにゆっくりと波をかきまわすと、逃げそびれたジョアンナをその上に載せ、水面から上がろうとした。

「いやあああ、ハリー!」ジョアンナはぼくに手を伸ばした。
「ジョアンナ!」

「ハリー、いくな!」
 ぼくは制止するアグリーの腕をふりきって流れを逆流し、ジョアンナが伸ばした手をつかんだ。ぼくらふたりを載せた円盤はどんどん上空へ引き上げられた。青。橙。黄色。目をつぶすほどのまぶしい光、光、そして熱。
 ぼくとジョアンナは手を握りあった。



「おとうさん、やったー!金魚、二匹もすくえたよ!」
「おっ、ほんとだ。コメットとデメキンのペアなんて珍しいな。ちゃんとお世話しようなー」


<おわり>