【タイトル】深海魚たち
【文字数】1087字
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ーー深海魚、知ってる? エソとか。
夜中のアパートの玄関先でする話じゃないって?
まあ聞けよ。
深海魚の種類でさ、雄とか雌とかあんま決まってないのがいるんだって。
相手と出逢ったら、どっちが雄でも雌でも子孫を残せるように、そんなシステムらしい。
深くて広くて暗い海の底で、同種と遭遇する確率がすごく低いから。
そういう種類の中には、相手が見つかったら、もう離れないようにそのまま相手の身体にくっついて吸収されちゃって、自分がなくなっちゃう奴もいる。
もうちょい浮上して相手見つけたらって思うんだけど、まあ臆病なんだろうな。
そうやって、一生出逢えないかもわからない相手を、暗い海の底でひとりで待ってる。
ーー俺さ、
俺さ、お前にとってずっといい友だちのままでいる自信あったんだよ。
頭の中で何べんも何べんも繰り返し練習したんだ。
大学出て、社会人になって、
お前がいつか彼女を俺の前に連れてきたとき笑って挨拶するシーンとか、
お前の結婚式で友人代表でおめでとうってスピーチするシーンとか、
お前と嫁さんの間に子供が生まれて、その子に「おじちゃんからだよ」ってお年玉渡すシーンとか。
完璧に演じられると思った。墓まで持っていけるぜって。
どういう形でも良かったんだよ。お前のそばにいられるんだったら。
お前が俺から離れていかないなら。
だからなんであの時お前の手を握っちゃったのか、自分でもわからなかった。
お前が泣いてたからかもしれない。
お前がさっと手を引いた瞬間に、あー終わったなって思った。
今までこんなに慎重に積みあげてきたのに、たった一瞬でぜんぶ失っちゃうんだなって。
酒のせいだったって言えばよかった。
でも言えなかった。
お前に申し訳ないって思う以上に、俺しか知らない俺の気持ちを、嘘だって言葉にしてしまえば、俺があんまり可哀想だって思った。
ごめんな。
携帯に電話しても出ないし大学でも遭わないし、ああこのまま終わるんだなって思った。
もうこのまま顔をあわせることもなく卒業して、
お前の中では俺なんか最初から出逢ってすらいなかったことになってて、
俺は、少しずつ壊死してくみたいに、あのときのお前の掌の温度だけをたまに思い出しながら生きてくんだろうなって。
だから、
だから、お前が、なんで今ここにいるのかわからない。
こんな時間にひでぇ顔で泣きながら俺のアパート訪ねてきてるのかわからない。
うるせえ寒いから中でコーヒー飲ませろってぐしゃぐしゃの顔で俺のこと罵倒してるのかわからない。
とりあえず俺もさみぃしコーヒーは淹れるけど、俺も今お前以上に顔ぐしゃぐしゃな自信あるから、
灯り点けるのは、もうちょっとだけ勘弁してくれ。
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