拝啓
育子さん、お久しぶりのお手紙です。そちらはおかわりありませんか? 仙台と営業にはもう慣れたでしょうか。
私もこちらに戻って警察官になって、早いものでもう4回目の冬を迎えようとしています。
ということは、私と育子さんが出逢ってから8年になるんですね。
あなたと過ごした大学の4年間はあんなにゆっくりと過ぎていったのに、と驚く日々です。
前回の手紙からかなり間が空いてしまいましたね。そのあいだのことを少し書きたいと思います。
彼氏は相変わらずできません。そのあいだに私は昇進試験を受けて、あこがれていた刑事になりました。でも今は生活安全課にいます。
刑事課に女子は私ひとりでした。たしかに昼も夜も非番も関係なくてハードです。だから彼氏をつくる暇もなかったし。言い訳だけど。
卒業間際に、育子さんは白木屋で私に「刑事なんてむいてないからやめろ」と言いましたね。覚えてますか?
いま思えばあなたの見立ては正解でした。私は刑事に、もっというとこの仕事にはむいていなかったのかもしれません。
刑事の職場ではたくさんのものを見ました。工場の機械にはさまれて上と下に分かれた人も見ました。
でも見るのがつらかったのは遺体じゃなかった。
見るのがつらかったのは、人が人にむけた悪意でした。そしてそれを肴に酒を飲む同僚や上司たちでした。
それらに毎日まいにち触れるのがこわかった。自分の中になにかがどんどん流れこんでいく感じがしました。
今の課でもその作業がないわけではありません。
けれど、痴漢やストーカーといった女性犯罪の被害者へ、同性として貢献できていると実感できることが多くて、それが救いかな。
同封した写真は、ゴールデンウィークに行った宇曽利湖です。
うすい桜色や灰色や象牙色や浅葱色や、いろんな色が霧に濡れたように滲んでまじって、空と湖面の境界線がわからないでしょう。湖だっていわれないとわからないよね。
こんな風にみえるのはこの時期だけなんだって、案内の人に教えてもらいました。
プリントアウトした写真をみたらなんとなく、育子さんと飲んでいた頃のことを思い出しました。
また朝まで飲みたいですね。でももうあのとき話してたこととは、きっと違う話になってしまうのかな。
この手紙は出せるかな。出せなかったら、また書きます。
それでは、身体に気をつけて。
敬具
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